千年塚(せんねんづか)

昔むかし、鹿島神宮の神官に卜部活麿(うらべかつまろ)という人がいました。

 

活麿はとても鶴を愛し、毎日、鶴来ヶ丘(かくらいがおか)へ行っては餌を与えていました。そんな活麿の心が鶴に通じたのか、ある日鶴から「空を飛んではみませんか?」と誘われ、活麿は鶴の背に乗ってどこかに飛んでいってしまいました。

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家族はとても心配して八方手をつくして探しましたが、行方はわかりません。

やがて三年の月日が経ち、活麿がひょっこりと帰ってきました。しかし、活麿は家族が聞いても誰が聞いても、どこへ行っていたのか教えませんでした。

 

活麿はその後、また鹿島神宮で神官として働きました。

周囲の人々は活麿を「天人だ」とか「鶴の化生(かせい)だ」と言って尊敬しました。

 

鶴は千年亀は万年 ということわざ通り、活麿はとても長生きをしたそうです。

 

活麿が亡くなったあと、活麿は鶴来ヶ丘の塚に祀(まつ)られ、その塚は「千年塚(せんねんづか)」「天神帰(てんじんがえり)」「鶴来(かくらい)」などと呼ばれました。